モルテン・ティルドゥム監督『イミテーション・ゲーム』

 天才数学者アラン・チューリングエニグマ解読とその後について実話をベースにした作品がイミテーション・ゲームで、2015年のアカデミー作品賞ノミネート作である。主役はテレビドラマシリーズである『SHERLOCK』でシャーロック・ホームズ役を演じているベネディクト・カンバーバッチ。ホームズ役に続き、天才であり、変人であるという人物を演じている。


映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』予告編 - YouTube


 まず、エニグマについて知識がない人たちに対してざっくりと説明をすると、第二次大戦時にドイツ軍が利用していた暗号生成器で非常に強力であったことで有名である。エニグマを用いて作られた暗号はエニグマを持っているだけでなく、解読をするための暗号鍵が必要となる。暗号解読のために暗号鍵が必要という方式ははそれまでにあった暗号と違いはないが、その暗号鍵の組み合わせパターンが膨でかつ時間の制約があるというのが特徴的である。暗号鍵の通り数はなんと159,000,000,000,000,000,000通りもある上に、24時間ごとにその暗号鍵を変更するという方式をとったためコンピュータもない時代に解読するのはほぼ不可能であった。そのためドイツ軍の通信をほぼ傍受していたにも関わらず、解読ができずにやられっ放しの状況が続いていたのである。
 その解読困難な暗号に対して、暗号研究者、言語研究者、数学者などを集めてイギリスが秘密裏に行っていた解読プロジェクトが組まれた。その中で活躍したのが、主人公のアラン・チューリングである。彼が天才的な数学の才能を活かし、エニグマから生まれる暗号を解読するための機械「チューリング・ボンベ」を生み出し、戦争に勝利していくまでの過程が描かれている。
 その過程は宮崎駿監督『風立ちぬ』と被る部分が大いにある。『風立ちぬ』が飛行機の設計に関して天才的な才能を持つ主人公が、戦争に使われる、それも戦争の後半では特攻などの人命を奪うための道具になっていくの開発に従事する様子が描かれる。映画ラストで、彼は壊れ、墜落したゼロ戦の山を彼の憧れである飛行機設計士と眺めるシーンが描かれる。自分たちが生み出したものが人々の命を奪っていく様をまざまざと見せつけられるのである。
 チューリングが行ったことは、『風立ちぬ』の主人公とは違うもののその苦しさはどちらが勝るとも言いがたいほどのものある。『イミテーション・ゲーム」で最大の盛り上がりポイントは、エニグマを短時間で解読するための方法が見つかったときの夜のシーンである。ある飲み会での会話から解読するためのアイデアを見出し、テストするための暗号を探し、チューリングボンベのある部屋にダッシュ、暗号鍵発見の様子を見守り、即座に暗号鍵が見つかっては驚き、再度エニグマがある部屋にダッシュで戻り、その解読鍵で元の文を見つけたときの喜びの爆発はとても美しいシーンである。
 しかし、その後に突きつけられる現実はそういった喜びを一気に失わさせるものである。それは彼らがエニグマを破ったことをドイツ側に知られてしまえば、即座に新たな暗号方式に変化してしまう。そのため、彼らはドイツ軍にエニグマが解読されたと悟られないようにしながら、戦争に勝利するために日毎にどの戦いで勝利し、どの戦いで負けるかを統計的な根拠に基づき決めることを繰り返していく。それはつまり、自分たちの計算結果によって、そして自分たちの手で生きる人、死ぬ人を思い入れなどを一切切り離し、戦争に勝つためだけに取捨選択していくという作業である。そのストレスは計り知れないものがある。しかし、彼らが挙げたこれらの成果は今後に発生するかもしれない戦争のために全て極秘事項となってしまう。
 彼は戦争後自らを逮捕した刑事に対して問いかける。「私は戦争の英雄だったのか」と。歴史が明らかになったことにより、第二次大戦でチューリングが挙げた成果を誰もが知ることとなった。そして、今であれば誰しもが彼は「英雄」であったと答えるであろう。しかし、そういった声が本人に届く前に彼は自殺を選択し亡くなってしまう。
 そういった輝かしい成果を挙げながら悲劇的な人生を終えた彼にとって、唯一あるかもしれない希望はこうした戦争での成果を現在のコンピュータに繋がる研究につなげていくことができたということだろう。戦争という予算が出るときに、自らの考える理想の機械の基礎を作ることが出来たことは良いことだったのかもしれない。
 しかし、これほどの天才をしょうもないことから自殺に追い込んだ英国の罪は本当に深い。