マイルドヤンキー問題と、君に届け

 4月に放送された文化系トークラジオLifeのテーマは「マイルドヤンキー限界論」というものでした。放送中では最新の作品ということで「あまちゃん」が話題に上がることが多かったのですが、予告編を聞いた段階で頭の中で浮かんだ作品は『君に届け』でした。マイルドヤンキーとはどんなものか、Lifeのサイトの中でチャーリーが簡潔にこんな風に書いています。

「マイルドヤンキー」という言葉がメディアでは流行しているそうです。不良というよりは、上昇志向がなく、地域に密着して仲間との小さな範囲での消費にとどまる人たちということで、納得反発含めて受容されているというところでしょうか。
http://www.tbsradio.jp/life/20140427/


 一般的には「マイルドヤンキー」と『君に届け』は結び付けられないと思いますし、そもそもと恋愛マンガでしょと思われているかと思います。しかしこの作品は、ある段階から明らかにジャンルが変わっていきます。作品が始まった当初、学年一の爽やかでイケメンな風早と貞子というアダ名が付くほどの暗い黒沼がくっつくかくっつかないかと恋愛もの作品でした。しかし、この二人がくっついた後は二人のカップルとしての進展は描きつつ、明らかに高校生活の終わりというタイムリミットものに変化しています。

 タイムリミットものに変わっていく中で問題となるのは当然のことながら今後の進路についてです。

 この問題を考える際に、この『君に届け』という作品でおそらく重要であることが2つあります。一つ目は部活です。メインに登場するキャラクターのうち、部活に入っているのは真田龍という男の子しかいません(この辺り同じ別マで連載されている『青空エール』と大きく異なる点ではないでしょうか。)。これにより、高校生活という狭い空間の中で更に狭い人間関係の中でストーリーが進んでいきます。例えば、試合や大会がある部活に入っていれば、少しでも他校と関わることで自分たちとは別の価値観に触れることもありますし、試合がない部活であっても他の学年の人と関わることで別の成長を描くことも出来るでしょう。しかし、あえてこういった要素を全て排したことで、一度強固な関係性が築かれてしまえばその後彼らの関係性を壊すものが発生しにくい作りになってしまっています。さすがにそれではストーリーに波が生まれないからか、学年が上がることによって発生するクラス替えというイベントを使って関係性を揺るがそうとしてみます。しかし、これも関係性をより強める触媒にしかなっていません。そのことは、このクラス替えの一連のイベントでメインだった三浦健人が彼らのコミュニティに取り込まれていったことからも明らかでしょう。彼らは高校の卒業というイベントがなければ永遠にそこにいるかのような雰囲気を持ち始めています。全員が彼氏彼女を持ち、その6人だけでの安定した世界観。しかし、クレヨンしんちゃんのような作品とは違い年を取って成長していくという設定にした以上、卒業というのは回避できません。

 そこでもう一つ重要な要素が出てきます。それはこの作品の舞台についてです。それは、北海道の片田舎という、どちらかといえば郊外が舞台であることにあります。そのため、卒業にあたり進学や就職とは別の次元で3つの選択肢が提示されます。
1.地元に残る
2.札幌などの都心に出る
3.東京に出る
実は『君に届け』の作品中では、上記の選択肢のうち「3.東京に出る」という選択肢はある段階まで全く浮上してきません。というのも、彼らが最初に選ぶのは基本的には「1.地元に残る」というものだからです。その理由として、今いる環境の中での最善を選ぶことで築き上げてきた関係性を崩さないで済むというものが彼らの会話などから透けて見えてきます。

 『君に届け』という作品が「マイルドヤンキー」的だと感じたのはこの最初の進路面談の雰囲気が強く影響しているのかもしれません。この辺りは高校生が最初に考える進路なのだから仕方がないのかもしれませんが、彼らは外から何か力が働かない限り積極的に外に出ようとはしないのだということが明確に打ち出されています。どうとでも描くことが出来るにも関わらず、リアリティを残すとなったときにほぼ全員がこういった選択をさせることに驚きましたし、それと同時にこうやって「マイルドヤンキー」化していくのかと妙な説得感がありました。しかし、ここで部活という学校での勉強や行事以外のことをしてきた龍だけが、彼らの中で全く別の答えを最初から用意しているのがまた印象的です。彼は野球だけで進学をしたいと考えており、そのためであれば地域を選ばないという考えを持っています。「うちらずっと一緒だよね」といった空気がある中で、そのうちの一人がこういった考えを持っていることが伝わっていくうちに徐々に影響されていき、この作品のキャラクターの関係性が新たなフェーズに入っていきます。そして、進路面談を繰り返していくうちに提示される新たな可能性により、彼らは「1.地元に残る」という考えから、今ある環境を一旦なしにして自分にとってのみ最善の進路先を考えるということを始めていきます。それにより、彼らの中から「2.札幌などの都心に出る」、「3.東京に出る」といったものが出始めていきます。

 と書くとこういった変化がどこにでも発生しそうなものですがこの作品で描かれる教師像は少し変わっています。進路面談を行う教師の荒井は見るからに年齢が若く、彼らがよく集まっているラーメン屋に出入りし学校以外の場所でのコミュニケーションがあったり、風早や龍とは野球を通じて古くから知り合っています。彼らにとって広い意味で教師でありますが、「上下の関係」とは言い難く、Lifeにも出ていたNPO法人カタリバ的な表現で言えば、「ナナメの関係」に近いのではないでしょうか。ナナメの関係から、新たな選択肢や新たな可能性について提示されることで初めて受け入れられているのではないかと感じられるのです。これがもっと年が離れたいかにも教師教師したキャラクタから提示されていたらここまで素直に受け入れられたのかどうか。このことはこの作品ではもう描かれることはありませんが、思考実験としてはやって損はないのではないかと思います。

 

 つまり、この作品に出てくるような野球をするためであればどこでもいい(=外に出ていこうとする)人が仲間内にいないことや、生徒と教師との間でよい関係性が結べていないためにここではない場所についての可能性を受け入れらないことは、どこにでも有り得ることなのではないかと思うのです。『君に届け』の彼らは、たまたまそのコミュニティを出ることについて考えるきっかけを得たわけですが、そもそも考えることすらせずにそのコミュニティに留まるという人の多さがこの作品からなんとなく伝わってきたのです。

 ここまで長々と書きましたが『君に届け』はまだ連載中ですし、単行本でしか読んでいないので彼らがどういった選択肢を選んだのかまだわかっていません。既に恋愛マンガとして新たな金字塔となったこの作品が、いわゆる「マイルドヤンキー」的なるものに対してどういった答えを出すのか。そして、どうゴールを迎えるのか。その点にとても興味がありますし、とても期待しています。