『とんかつDJアゲ太郎』:DJは何をしているのかがわかる素晴らしいギャグマンガ

 DJという表現者が置かれている環境は正直なところまだまだ厳しい。もし「俺DJやってるんだ」と音楽に詳しくない友だちに伝えると、おおよそ99%以上の確率で「これでしょ」と言いながら両手でスクラッチする動きか、ヘッドフォンに手を当てながらスクラッチする動きをやられるだろう(僕はこの動きは野球で言えば、バットを振りながらボールを投げる動きをするようなものだと思っているのだが)。実際のところ、「これ」ではないのだが、説明するのも面倒なので「まぁ、そうだよ」と返してしまう。
 とはいえ、これはわたしたちの友だちに限った話ではない。一昔前に放送されていたレモンガスのCMでもスクラッチ的なDJもどきな動きをしていたのだがこれも、そんな動きしないわ•••というものだった。このCMが長く続きある程度人気であったということは、要はこれが世の中におけるDJのパブリックイメージなのであろう。結局の問題はDJというものが何をやっているのか理解されていないということで、そういった動きをする彼らには悪意はなく、ヘッドフォンで聞く、レコードの頭出しをするといった特徴的な動きを抽出しているだけなのだろう。
 そういった点において、とんかつDJアゲ太郎は最大級の配慮がなされて作られた作品と言える。「しぶかつ」という渋谷にあるとんかつ屋の息子として生まれた主人公・揚太郎はトンカツ弁当の配達のお礼にとクラブのフロアに足を踏み入れて以来、クラブにハマり、トンカツもフロアもアゲられるとんかつ屋兼DJ=「とんかつDJ」を目指して修行をしていく。

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 基本的にこの作品のギャグは、例えばヒップホップなどのジャンルで行われるクイックミックスを「串カツ」、ぬか漬けの掘り起こしを「ディグ」などのように、揚太郎がとんかつとDJの共通点を(無理やり)見出していくことで生まれている。つまり、DJと「とんかつ屋」を掛け合わせたことがおもしろさに基本になっているのであって、DJそのもの価値をサゲて笑いを取るようなものでは決してない。前述のレモンガスのCMや昨今のDJ KOOの扱いからもわかるように、なぜか世の中にある「DJはバカにしてもいい」という空気に迎合していない。むしろ、DJとは何をするものなのか、クラブという場所が一体どういうところなのか全く知らない人であっても読んでいくだけわかるように作られており、そのことだけで価値がある。
 とはいえ、ワンアイデアから生まれた作品故に2巻にして既に息切れ感、一回り感はがあり、今後巻き返すアイデアはあるのか疑問であった。しかし、オンラインで連載されている3巻にあたるだろう部分では新章が展開されており、ヒップホップDJならではの新たな仲間と出会うなど勢いを取り戻してきている。長く続くことだけがマンガの価値ではないが、キリのいいところまで是非続いて欲しい作品である。